NAGOYA Voicy Novels Cabinet

ご先祖様

タクシー乗り場

人の出会いは不思議である。偶然のような必然。必然のような偶然。長い人生の中で、どれだけの数の人に出会うのだろう。名前も知らないすれ違う人、自分さえ分からない自分の一面を知ってくれる人・・・その付き合いの濃さはあれど、多くの人に出会い、一人の人格が作られていくのかもしれない。そんなことを一人考えながら、今自分に起こったことを蘇らせ、公衆電話に向かう足を速めた。
 令和初のお正月を迎えた1月の正午過ぎ、私は、学校外で行われた英語検定の帰り道にいた。親元を離れ中高一貫の寮生活を営んでいる中学3年生の私にとって、生活の基盤は学校の敷地内にある寮が全てであった。その為、学校外で開催される試験に行くには外出届を寮の生活・学習の手引き引率をしてくれるチューターと呼ばれる教員へ提出しなければならなかった。今日は、その外出届の手続きを踏み、学校外での英語検定試験に赴いた。
しかし、その英語検定会場の帰り道、寮がある学校の最寄り駅の地下鉄桜通線の最終駅徳重についた途端大粒の雨が降り始めた。駅からは、通常スクールバスが出ているが、生憎発車したばかりで、次の出発は1時間後である。学校は、小高い山の上にあって、バスだと15分くらいで到着する。しかし、徒歩で向かうと、急な斜面をただひたすら登るちょっとしたハイキングコースとなり、1時間以上は要してしまう。歩くべきか、バスを待つべきか…悩んでいると、ふとバス停の右奥にあるタクシー乗り場に目が留まった。
 「タクシーに乗ってみるか」ふと安易な選択肢が生まれた。何分 試験の出来が良かったのも私の心を大きくさせていた。タクシー乗り場の最前列「どうぞ」と言わんばかりに後部座席の扉が大きく開いたタクシーへ近づいた。
 「すみません。星中学・高等学校までいくらぐらいで乗れますか?」勇気を振り絞り、すこし小太りな中年ぐらいの運転手のおじさんに後部座席の開いた扉から尋ねてみた。
「2000円ちょっとかな?」
と休日に制服姿で乗り込む私を上下に眺めておじさんはゆっくり答えた。その返答を聞き、気の大きさに浮かれていた私は、一気に現実に戻った。甘かった…手元には1000円ちょっとしかなかった。その様子を察したのか運転手のおじさんはこういった。
「お嬢ちゃん。星中学の生徒さんだね!」
「はい。そうです。」
「おじちゃんもそこの卒業生なんだよ。家も近くてね~今からお昼休憩で丁度家に帰るから送っていってあげるよ」
そう言って、手招きされた笑顔につられ腰を後部座席に落とした。
「すみません。寮についたらお金を取ってきますから。」
声を絞った。
「ちょうど、おじちゃんもお昼にしようかなって思っていたしね。ただし、今日だけの偶然だから、このことはお友達には言わないでね。また、この車見たら乗せてもらえると思われても商売にならないからね。」
とくぎをさされた。
「本当に良い方ですね。」
相槌を打ちながら答えるとおじさんは、ルームミラーで私の顔を一度みた。
「お嬢ちゃん。この世には、良い人も悪い人もいないんだよ。もし、今おじちゃんがお嬢ちゃんに、乗せたからやっぱりお金を払ってと言ったら、途端に良い人から悪い人になるでしょ?すべては自分にとって都合が良いか悪いかで判断しているんだよ。今日の出会いはご先祖様がおじちゃんに会うように導いてくれたんだよ。もし感謝するなら、ご先祖様にしてね、おじちゃんもお嬢ちゃんに会えて嬉しいよ。」
とゆっくり小さな音量にも関わらず、私には大きな習字紙に文字を書くかのごとく心にその言葉が刻まれた。
 寮に到着し、ふと母に電話を掛けたくなった。寮の規範で、携帯が禁止のため、連絡手段は限られている。敷地内にある公衆電話、なんだか笑っているようにみえた。

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