芝を踏みしめる22人44脚。全国大会決勝でどちらも点が取れないまま、ピッチに立つ若人たちは水を浴びたような汗をユニフォームで拭った。ゴールキーパーがボールを蹴り上げる。その先に6番が空を仰いで待っていた。対応する相手にフェイントをかけると、足元に球を収める。4番が中央に駆け込むと相手もつられて走る。
ここだと確信した6番の先輩が空いたスペースへ強いロングパスを出した。駆け上がる4番、そして中央にいた8番も走り出した。
「アガレェ!」
後ろで防御に徹していた9番のキャプテンが猛る獅子の如く号令を出す。チーム全体で攻めのベクトルが強まった。後半もあと10分あるかどうかの瀬戸際、足並みを揃えて相手の防御を崩しにいく戦法だ。先に崩された方が負ける。観客もコーチもメンバーも誰もがわかっていた。二者択一、守って勝つ選択肢などなかった。
ボールを持った4番と相手のディフェンスが対面すると、4番は怯むことなく突き進む。普段であれば冷静に味方へとパスを出すが、4番には相手を抜いてシュートを打つイメージしかなかった。
刹那、闘牛が地を踏み出す。その巨躯を利用した全国随一の防御力は、細身の4番を簡単に吹き飛ばした。審判はファウル判定を取っていない。
「グオオオォォォ!」
前へボールを蹴り飛ばすと、形勢が逆転した。攻めに転じていたチームの穴をすり抜けるように相手のエースが駆ける。その姿はまさに水を得た魚。流水の如く抜き去ると、最後はゴールキーパーと一対一となった。利き足はどっちだ。癖はなんだ。思考による硬直が失点につながると判断したキーパーは、直感的にシュートコースを感じ取って飛び出した。
「なっ!」
相手のエースはタイミングをずらすと、柔らかいタッチで緩やかなシュートを打った。時間の流れがゆっくりとなる感覚に陥る。宙を舞うボールが次第にネットへ吸い込まれていく。ゴールライン寸前で一度バウンドすると、ボールはそのままゴールへと向かった。
「オラアアアァ!」
ゴール寸前、9番のキャプテンが緩やかなボールを前方へ蹴り上げた。「まだチームの灯は死んでいない。だから諦めるな」そう言っているように思えた。
「アガレエェ!」
再びキャプテンの咆哮がピッチを駆け抜ける。敵も味方も傍観していた者全員が我に返り行動に移す。中央付近で空中戦が発生、7番が身長を活かして優位を取ると、対応しにきた相手を二人抜き去った。
中央から4番と8番が駆け上がる。攻める右側には2番が、反対側には6番が陣取っている。9番のキャプテンを起点に防衛ラインも攻めに入ると、7番は冷静に戦況を把握する。
その時、賽は投げられた。
チーム全体が一つの矛となる。
7番は左にいた6番へパスを出す。6番の足元にボールが来ると、収める前に4番へとボールを出した。4番も瞬時に味方へボールを渡す。並走していた8番がボールを取り、右奥へと強いパスを出す。駆け上がる2番、そして次の瞬間にゴール前へとセンタリングを放った。
宙を舞うボール。またスローモーション映像のように映った。ゆっくりとした速度でボールが地面との距離を縮めていくと、相手のゴールキーパーの手が伸びた。あと数センチでボールに触れる。
風を切る。
4番でもない、8番でもない。新たな風が中央を突き抜けた。
「うおおおぉぉぉ!」
11番のエースが雄叫びをあげながら顔面をボールへと押し付けた。鮮やかさも美しさもない、チームの全力を乗せた顔面シュート。エースは倒れ込むように、ボールと共にネットを揺らした。
ピィィィ!
ゴールのホイッスルが鳴り、
ピッピィィィ!
試合終了のホイッスルも鳴り響いた。
観客も相手も僕も、誰もが暫く黙っていた。
「ウオオオォ!」
しじまを破ったのはキャプテンの歓声だった。それを皮切りにチームを称える祝福の声で溢れかえった。
全国一のチームになった瞬間を、僕はベンチで見届けた。
12番の僕の頭には、もう来年の大会のことしかなかった。