NAGOYA Voicy Novels Cabinet

ツマグロの変身

ツマグロヒョウモンチョウ

 春休みのぼくのお手伝いは庭の水やり。ママの大事にしているパンジーやビオラは特に念入りにやる。
「あれ、葉っぱが虫に喰われて穴だらけだ」ぼくは鉢を持ち上げて、あちこちから眺めた。
「うわっ!毛虫!」
 慌てて左手で払い落としたら、鉢まで落として鉢は2つに割れた。
「ひゃぁ」ぼくの騒ぎ声に、仕事に行く準備中のママが飛んできた。
「もう!英太はどうしていつもそうなの!誰が鉢植えを壊せと言った?」
 ママから大目玉を食らって、ぼくは半泣き状態。
「どうした。何を騒いどる?」おじいちゃんが来たので、ママは怒ったままパートに出かけた。ぼくが手をさすって、
「毛虫に刺された、どうしよう」と言うと、
「ツマグロヒョウモンチョウの幼虫だな」背中に1本赤い線のある毛虫をみておじいちゃんが言った。
「ツマグロの毛虫は見た目はケバケバしいが毒はないから、さわってもどうと言うことはない。そうだ、英太、ツマグロの蛹みたことあるか?」
 ぼくは首を横に振った。
 おじいちゃんはぼくの頭を撫でた後、鉢をボンドでくっつけて、花や土を元に戻してきれいにした。それから、割り箸を割って鉢に差し込んだ。5つの鉢植えに割った割り箸が2本ずつ刺さっている。
「こうしておくと、ツマグロの幼虫が箸にぶら下がって蛹になるぞ」
 おじいちゃんの言うとおり、10日もすると毛虫は箸にぶら下がって蛹になっていた。10個の蛹。こげ茶色の体にトゲトゲがいっぱい。下のほうのトゲトゲは、金色なのと銀色なのがあった。
「金色がメスで銀色がオスだ」
「じゃぁ、メスの方が位が高いの?」
「ははは。どうかな。ま、蝶になるのを待とう」
「ねぇねぇ、何だか、雨が降りそうだよ」
 ぼくは、蛹が雨で落ちたりしないか心配になった。そうだ、鉢の上に傘をさして雨が、かからないようにしよう。
 家にあった5本の傘の取っ手を土に埋めて倒れないように並べた。
「ツマグロヒョウモンってどんなチョウなんだろう。楽しみだなぁ」
 縁側に座って、並んだカラフルな傘を、おじいちゃんとぼくは、ニコニコしながら眺めた。
 夕方降り出した雨は、次の日の朝も続いて全然やむ気配がない。
 ママは「傘がない!」と叫んで庭をみた。
「もう!英太!」ママのゲンコツが飛んで来る。逃げるぼく。
 時計を見て諦めたママはまだ寝ているパパを起しに行った。車で送ってもらうようだ。
 フゥと一息つくとおじいちゃんがぼくの頭を撫でた。
「うちも、ママが金だなぁ」と呟いた。
 夕方には雨は止んで、ぼくは鉢にさしかけた傘をおじいちゃんと一緒に片付けた。
「どれぐらいで成虫になるの?」
「あと、10日くらいじゃな」
「そんなにかかるの?」
「そりゃあ、そうさ。蛹の殻の中で想像出来ない大変身をして、チョウの形になるんじゃからなぁ」
「ふうん」
「そうだな、5日目位から、早起きして毎日観察するぞ。羽化は朝の6時頃から朝の10時頃までに終わってしまうからな」
「へえええ」
 いつの間にか、ぼくよりおじいちゃんの方が真剣になってる。
 ぼくとおじいちゃんは、5日後、毎朝早起きして庭に出た。4日目からちょっと疲れてきた。ずっと布団から出られずにいると、
「おーい、英太!始まったぞ!」
 ぼくは布団をはねのけて庭に走った。
 みると、蛹が揺れて、ポロッと中身が出てきた。成虫は蛹の殻につかまりながら、ゆっくり羽を伸ばしてチョウの形になった。
「凄いなぁ」感心していると、
「メスだな」とおじいちゃん。
「どうしてわかるの?」
「ほれ、羽の先が黒いのがメス。ツマグロという名前も、メスの羽の色からきてる」
「へえぇ、あっ、見て!こっちはオスだ。羽の先が黒くない。メスの方がやっぱりきれいだなぁ」
「きれいねぇ、あんな気持ち悪い毛虫がこんなにきれいな蝶に変身するのねぇ」
「ママ!」いつの間に。
 10個の蛹は、まるで号令をかけられたように、それぞれ羽化して、10分もしないうちに、ゆらゆらと羽ばたきながら飛んでいった。
「英太は、将来どんな風に素敵に変身するのかな」ママは初めてぼくの頭を撫でた。

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