NAGOYA Voicy Novels Cabinet

コアラと笹

コアラ

 一週間前、東京の大学の同期の國村からメールがあった。
 「今度、名古屋に行くから会わないか」と。意外だった。國村はなんとなく一緒にいた仲間のひとりで、どちらかといえば、僕はあいつが苦手だった。あいつも僕のことなど眼中になかったはずだ。なのに、僕に会いに来る。國村は東京生まれの東京育ち。東京以外は地方呼ばわりで、いけ好かない奴だった。たぶん、あいつは、東京で就職できず、名古屋に戻った僕がどんな顔をしているのか見たいだけなのだ。
 でも、ここであいつの申し出を断れば、東京にまだ未練があると勘ぐられるのも嫌で、ついOKと返信してしまった。
 名古屋駅の金の時計の前で待ち合わせることにした。
「金の時計?名古屋人は何でも金が好きなんだな。名古屋城のしゃちほこも金なんだろう?」と馬鹿にしたようなメールがきた。別に名古屋市民全員が金好きなわけじゃない、つくづく嫌みな奴だ。そんなことを考えていたら
 「よっ、元気だったか?」不意を突かれた。本当は余裕のある顔で、こっちから声をかける予定だったのに。
 「何だよ、その顔。相変わらずボーッとしてんだな」と上から目線だ。僕は、再会の挨拶も考えていたのに台無しだ。
 「俺、ひつまぶしが食べたい」と國村は唐突に言う。
 「えっ、ひつまぶし?」自分でも笑えるくらいひっくり返ったような声が出た。
 「お前って、相変わらずおかしいよな」と國村は声を上げて笑っている。調子が狂う。今日は僕が主導で名古屋を案内するつもりで、昨日も念入りにスケジュールを見直していた。まずはゆっくりと名古屋観光と考えていたのに。
 僕は車で来たと言うと「さすが、地方だ」と嫌みだ。駐車場へ向かった。外は暑い。名古屋特有の蒸し暑さだ。國村がすかさず「サウナか」と突っ込みを入れる。
 ひつまぶしの店は何店かチェックしていた。その中の一つに入った。國村はひつまぶしが入っているお櫃の蓋を取るなり、「よくこんなに細かく切れるな」と言いながら、ひつまぶしの食べ方を真剣に読み始めた。
 「面倒くさいんだな」との言葉とは裏腹に、順番通りに食べている。お茶漬けがよほど気に入ったのか、僕のお櫃に少し残っていた分も、勝手に取ってお茶漬けにして平らげた。
 「美味かった」國村は満足そうに言った。目の前の二つのお櫃にはご飯が一粒も残っていなかった。
 それから僕たちは名古屋城へ向かった。國村のリクエストだ。しゃちほこを見て、國村は「本当に金だ」と大笑いし、天守閣の金づくしには目を瞠った。極めつけは金しゃち横町で食べた金箔のソフトクリームだ。「何だこれ」と言いながら、國村は、はしゃいでいた。不覚にも良い笑顔だなと思った。僕に写真を撮ってくれと頼んだときは子どもみたいだなと思った。
 あっという間に一日が暮れた。
 「名古屋駅まで送るよ」と車に乗ったとき、國村は心なしか、寂しそうだった。
「まさかね」國村に限ってそんなことはない。久しぶりに会って、僕もセンチメンタルになってたのだと思った。
 名古屋駅に向かう途中、「俺、来月から青森に転勤なんだ」國村がボソッと言った。
 「そうしたら、急にお前に会いたくなっちゃって、名古屋で元気にしてるかなって」。僕は咄嗟に國村の横顔(よこがお)を見た。少し照れたような笑顔だった。
 「俺、名古屋に来てわかった。お前が何で鷹揚としてるのかってことが」
 「僕が鷹揚?」
 「そうだよ。名古屋って、何だか地味だし、タモリにもいじられてるけど、何があっても何でもございませんって顔してるじゃない。それが良いとこなんだよな。お前とおんなじ」僕、褒められてるの、國村に?
 國村を駅前で降ろし、そこで別れた。意外なほどあっさりしていた。
 拍子抜けした僕は「そんなもんだよな」と車を走らせようとすると携帯の着信音が鳴った。國村からだ。
 「今度来るときは、コアラを見に行きたい」とご丁寧にコアラのイラスト付だ。僕はすぐにOKと返信した。
 すぐにまた着信音が鳴った。
 「コアラの餌って笹だっけ?」
 「ユーカリだよ、ば~か」僕はニヤつきながら返信した。

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