NAGOYA Voicy Novels Cabinet

うつろい

リニア

「銀時計に人を集めるにはどうしたらいいと思う?」
 僕がそんな突拍子もない質問を捻り出したのは、気まずい空気をなんとかしたかったからだ。
「あっちは広場じゃないから人が集まらないんじゃないか?」
 父の返答はそれだけ。再び沈黙がやってきた。おかげで金時計広場の喧騒がやけに大きく聞こえてくる。
 東京の人混みはきっとこれの比じゃないよな。
 僕は、名駅の定番の待ち合わせシンボルを前にぼんやりと思った。
 僕はこれから就職のために上京する。住み慣れた名古屋の街を離れるのだ。その見送りに父と母が来てくれたのだけど、当の母は僕に持たせる手土産を買うために時間ギリギリまで奔走しているため、こうして父と二人きりで気まずい時間を過ごしているわけだ。
 早く帰ってこい、と母に若干苛立っていると、
「お前はどう思うんだ?」
 と父が言った。
 え? と僕は聞き返した。
「だから、銀時計に人を集めるには」
 ああ、と少し遅れてその意味を理解する。だけど、理解したところで正しい返答などは思いつかない。そもそも、僕のさっきの質問は間を繋ぐためにしただけであって特に意味はないのだから。僕は適当に返事をした。
「西側を開発するんじゃなく、金時計を無くしたらどうだろ。そうすれば待ち合わせの目印をなくした人は自然と銀時計を待ち合わせ場所にするから」
 発想の転換だな、と父が笑ったところで、母が両手いっぱいに僕の好物の「ういろう」を抱えて帰ってきた。僕はそれを受け取り、新幹線の改札まで三人でコンコースを歩いた。
 銀時計に到着した頃には、新幹線の時間が迫っていた。
「じゃあ、行くね」
「気をつけて」と母が言った。父は頷いただけだった。
 二人に背を向けて改札口に向かって歩き出そうとしたその時、
「そうだ、思い出した」
 という父の声に僕は足を止めた。
「金時計を無くさなくたってこっちに人が集まるかもしれないぞ。太閤通はリニアの玄関口になるんだ」
「リニア?」
 と僕は首を傾げる。確か、東京と名古屋を結ぶ新たな新幹線の名前だ。そのための開発が名古屋では行われているのは知っているが、僕は特に興味はない。
「その頃にはきっと銀時計が待ち合わせ場所の定番になるぞ。リニアはな、超電導磁石で動くんだ。車輪を使わないんだぞ。東京から四十分で名古屋に着くんだ」
 父は早口で言った。
 僕は驚いた。だって、普段無口な父がこんな風に息巻いて喋るところを見たことがなかったから。
 まさか、最後の最後でこんなに饒舌な父が見られるなんて。
「ずっと先の話だろ」
 僕はそう言いながらも、金時計を無くすなんてひねくれた事を考えたことを少し後悔する。
「それでもずっと先は四十分だ。四十分、たったの四十分だ」
 相変わらず言葉数の多い父の横で、母が僕を見て苦笑しながら言った。
「東京なんか大したことない、四十分ですぐに会えるようになるぞって自分に言い聞かせてるのよ」
 それを聞いた父が、「違うっ」と子供みたいに言ったので、僕と母は顔を見合わせて笑った。
「じゃあ、そろそろ」
 僕は改めて二人を見た。これから僕はここを旅立つのだ。
 きっと帰ってくるたびに名古屋は様変わりしていくのだろう。そして、リニアが開発される頃には、待ち合わせ場所は赤時計になっているかもしれないし青時計かもしれない。そうやって、色んなものがめくるめく変わっていく。でも、時代が変わってもきっと変わらないものもある。僕が帰る場所で、変わらずに待ってくれている人がいる。
 僕の故郷はずっと、父と母がいる、ここ名古屋だ。
 僕は手をあげた。
「行ってきます」

 ーーそれから七年後。
 僕はリニア新幹線に乗っている。背もたれに預けた背中に伝わる微かな振動が、それが現実なのだと実感を与えてくれる。
 アナウンスが鳴り響いて、目的地への到着を告げる。さっき東京を出たばかりなのにもう名古屋に着くのか。僕はその速さに舌を巻いた。
 四十分。父の言っていた通りだ。
 僕は隣の席ではしゃぐ息子の陽太を嗜め、言った。
「さぁ、お祖父ちゃんに会えるぞ」

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