NAGOYA Voicy Novels Cabinet

宇宙都市758

太陽系

 名古屋という町が、宇宙都市として認められたのは、ほんの二十年前の話だ。百八十年前に、地球外生命との交流に成功し、彼らの力を借りて、人類は地球から飛び出して宇宙に進出した。
当然日本もまた、各地の都市が次々に宇宙都市として名乗りを上げて地球外生命体との交流を図る中で、名古屋という町は、何故か宇宙都市として発展することをよしとせず、地球人だけのコミュニティを守り続けてきた。政府の指針であったからという訳ではなく、ただ、なんとなく、名古屋に住まう人々の誰もが「だって名古屋だし」という認識の元にすごしてきたからなのだろう。かつての地球の都市の姿をそのまま残し続けてきた名古屋は、今では世界各国にとって、そして地球外生命体にとっても魅力的な観光都市となり、だからこそ昔ながらの地球の都市の姿でありながら宇宙都市と認められる運びとなったのだ。
「皮肉だよねぇ」
 火星生まれの姪っ子のリタが、アイスコーヒーを啜りながらしみじみと呟いた。シロップ抜きのアイスコーヒーと、たっぷりとメープルシロップをかけたシロノワールは、この子が小さなころからのお決まりのメニューだ。地球にやってくるたびに、この子は叔母である私をこの近所のコメダ珈琲店に呼び出しては、二人掛けのソファー席を一人で独占して、正面に座ってブレンドを口に運ぶ私に様々な話を聞かせてくれた。
生まれも育ちも名古屋育ちの私には、両親に連れられて様々な星を股にかけるリタの話はいつだって新鮮なものだ。そんなこの子の言う『皮肉』とはなんだろう。どういう意味かと首を傾げてみせると、リタは「だってさ」と、身を乗り出して続けた。
「結局名古屋ってさ、異文化を受け入れられなくて、流行に乗っかれずに発展し損ねたわけでしょ? それが逆に世間にウケて、そのおかげで今更『宇宙都市』になれたわけじゃない。そういうのって、叔母さんみたいな名古屋人にとっては皮肉なんじゃないの?」
 もっともらしく言うリタに、ああなるほど、そういう意味の『皮肉』なのかと、すんなりと納得した私は、「そうだねぇ」と頷きながらリタのシロノワールの上からさくらんぼを掠めとった。そのまま口に放り込むと、名古屋だなぁ、という味がした。
リタの言いたいことは解っていた。観光都市としては十分及第点がもらえるものの、実際に暮らすとなると不便極まりないこの名古屋という町に、いつまで独り身のまま暮らし続けるつもりなのかと、この子は私にそう訊きたいわけだ。
リタはもうすぐ結婚する。義兄と同郷の異星人の彼と、ようやくゴールインするらしい。今日はその報告のために、わざわざ火星くんだりからやってきてくれたのである。
幼いころから何かと面倒を見てきたかわいい姪っ子は、ありがたいことに私のことを慕ってくれていて、この機会に火星に移住しないかと誘いに来てくれたのだ。
姉が異星人である義兄と結婚して、名古屋から火星へと旅立っていったのは、もう二十五年も前の話になる。地球人には発音できない名前の星出身の義兄と結婚するにあたって、姉は両親から勘当されたけれど、リタが生まれたのをきっかけにして驚くほどあっさりと三人は和解し、両親はさっさと姉達が住まう火星に移住した。そうして結局我が家で名古屋に住んでいるのは、私だけになった。
 リタがどこか縋るような目で私を見つめてくる。一緒に火星に行こうよ、と、地球人にはありえない綺麗な瞳が語っていた。かわいい姪っ子の願いはなんでも叶えてあげたい。けれど。
「皮肉っていうよりも、お世辞だと思うな」
「え?」
「だって名古屋だし」
 確かに不便なところも多いけれど、なんだかんだで私はこの名古屋という町を気に入っている。宇宙都市と呼ばれるようになり、観光都市として人気を博すようになったとしても、不思議と昔から名古屋は変わらない。名古屋はいつまで経っても名古屋のままだ。だからきっと『宇宙都市』というのは皮肉ではなくお世辞なのだと思う。だって名古屋だし。
 そう私が笑うと、リタはむっすりと「ほんと叔母さんって名古屋人だよね」と唇を尖らせた。ありがとう、誉め言葉である。

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