俺は小さい頃から人ならざるモノが視えてきた。大学生になった今でこそ、生きたものとそうでないモノの区別が付くようになったのだが、幼少期は全く区別が付かなかった。
「あそこに誰か居るよ」
そう言って指差す幼い俺を両親は抱きしめ震える声で「何も居ない」と返すだけ。蒼白した2人を見て、これは駄目なことなのだ、と学んだ。ただ、1人だけ俺の話を親身に聞いてくれる人がいた。じいちゃんだ。じいちゃんは、俺がその日に視たモノを話しても嫌な顔一つせず、微笑みながら相槌を打ってくれる。
そして最後に必ず、こう言うんだ。
「大丈夫。じいちゃんが何とかしてやるからな」
幼い頃の俺にとってじいちゃんのその言葉は心の支えになっていた。"信じてくれている。守ってくれている。"と。
だけど、小学校中学校と歳を重ねる毎にじいちゃんのその言葉がただの気休めでしかないことに気が付いてしまった。
そして、高校1年生の夏。
俺はじいちゃんに酷いことをした。
「大丈夫、大丈夫って!何が大丈夫なんだよ!何で俺ばっかり!どうして俺なんだよ!ふざけんな!」
地元の祭りで怖い体験をした俺は、じいちゃんの家に転がり込み、あろうことか話を聞いてくれていたじいちゃんに怒鳴り散らかした。今まで耐えて、耐えて…耐えてきた想いがどばどばと湧き出てくる。吐き散らかした汚い言葉をじいちゃんは黙って聞き、泣き崩れた俺を優しく抱きしめてくれた。
「大丈夫。じいちゃんが何とか…」
「…もういい…もういいってんだ!!!」
そんなじいちゃんを突き飛ばし、俺は家を後にした。大好きなじいちゃんに酷い言葉を吐き捨て、抱きしめてくれたじいちゃんを突き飛ばす。最低だ、謝らないといけない。わかっていたのに、何年もその一歩が踏み出せずにいた。
3年。じいちゃんに謝れずに3年が過ぎた。俺は大学生となり、一人暮らしを始めたのだが、歳をとる毎に霊障は酷くなっていく。耳元で囁くナニカ。友人の背中に乗っているナニカ。そのナニカが視える時は決まって頭が痛くなる。
その日もいつも通り授業を終え、バイトに勤しんでいた。最繁時を過ぎ落ち着いた頃、入り口に立っているナニカと目があってしまった。その瞬間、猛烈な頭痛が俺を襲った。
やばい…やばい!
すぐ様店長に「体調が悪いので帰らせて下さい」と頼み込み、頭を押さえながら帰路に就く。バイト先から家まで徒歩で5分とかからない。だらだらと冷や汗が伝い、呼吸も浅くなる。やっとの思いで辿り着いた家に転がり込み、そのまま玄関に倒れ込んだ。薄れゆく意識の中で、ナニカが俺の顔を覗き込んでいた。
あぁ、俺、死ぬのかな。
『———』
誰かに名前を呼ばれ目を開ければ、真っ白な空間でナニカと言い争っている人がいる。バイト先で目があったナニカと、それともう1人は…
「じいちゃん…」
名前を口にした瞬間、涙が溢れた。何してんだよ、と。危ねぇから止めろって。何度も何度もそう言って止めようとしたのに、身体が動かない。その内、スゥ…とナニカが消え、じいちゃんが笑って俺に言った。
『大丈夫。じいちゃんが…』
笑って手を振っている。ダメだ、ダメだ!じいちゃん…
「じいちゃん!!!」
声を張り上げながら飛び起きた。周りを見渡せば見慣れた玄関。服は汗でびっしょりで、呼吸も荒い。そして何より嫌な予感がした。急いで実家に電話をかければ、母親が涙声で「おじいちゃんが亡くなった」そう伝えてきた。
あれから、ぱったりと霊障は無くなった。まるで、じいちゃんが俺の力を持っていったかのように。
『大丈夫。じいちゃんが何とかしてやるからな』
謝ることすら出来なかった俺にじいちゃんは最後まで優しかった。
「今日は報告したいことがあってさ」
墓に花を添え手を合わせる。
じいちゃんが亡くなって心に決めたことがある。優しく強く守ってくれたじいちゃんのようになりたい。人を守れるような強い男になりたい。だから、俺は…
「警察官になることにしたよ」
涙が止まらない俺の背中を押すように力強い風が後ろから吹いた。