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お寺
お寺と和っさま
朗読:鈴木幾子
  
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昔は大きな仏壇があったようだ。
紫檀の美しい立派な観音開きの仏壇。
仏壇仕舞いをしたそうで、いつの間にかそれはなくなっていた。
あまり信仰心が深いわけでもないので、そんなに影響はなかった。

ところが、ある日突然夫が亡くなりどうしようとなった。
当たり前だが何の準備もない。
お寺?
お寺、どこだろう。
息子にインターネットで調べてもらう。
さすがに宗派くらいはわかるので、それで検索してもらう。
「名古屋 曹洞宗 お寺」
沢山出た。
ありすぎて、何がなんだかわからない。
どうしよう。どこがいいのだろう。

すると、ふと息子が言った。
「親父の昔のうちの近所に菩提寺あるんじゃないの?」
そうか、そうだ。
すっかり忘れていた。きっとそうだ。
結婚した当初は、よくそのあたりにいた。
また、調べる。
携帯の地図を拡大してぐるぐるしてみる。
あった!!この寺だ!多分、そう。

「あの。昔そのあたりに住んでいた者なんですが。
そちらが多分、うちの菩提寺だと思われるんです。」
恐る恐る電話をかける。
あいにく住職が不在で、後ほど折り返しがあるという。

そのお寺は、昔から何気によく通る大通り沿いにあった。
景色のひとつになっていて、意識したこともない。
大きなお寺で、なんだか敷居が高く足を踏み入れるのに躊躇するほどだった。
「こんな街(まち)なかにある立派な寺ってどんなひとが来るんだろうっていつも言っていたんだ。
檀家って、うちだったんだねえ。」
息子が、笑った。

目の前の夫はまったく涼しい顔で寝ている。
なにをするにも夫に相談をして決めてもらってきた。
自分が決めなくてはならなくなって、予想以上に戸惑った。
毎日ずっと一緒にいたのに。
あんなにいろんなことを喋っていたのに。
知らないことがまだまだあるんだとおもった。
なんだか夫が急に遠いひとに思えた。

夕方になって、折り返しの電話がかかってきた。
息子の勘は当たっていたようだ。
あちらはうちのことを知っていた。
先代の住職と夫の父は仲が良かったそうで。
電話をする前に、和っさまはいろいろと調べたらしい。
うちの家系図などもあるとのこと。
かいつまんで、うちと寺との付き合いを話してくれた。
ご近所で親しい関係だった先代。
幼い頃の夫の家族。
仏壇がなくなってしまった経緯。
何人もいた夫の姉妹たちはみんな嫁いで。
いつのまにかお寺とはご縁が切れてしまったのだとか。
私が知らない昔の話を聞いて、なんだかまた夫と話したくなった。

宗派によって違うのだろうが。
名古屋の曹洞宗は、7日ごとにきちんとお経をあげてもらうものらしい。
無事に葬式をすませたあと。
週に一度、和っさまがうちにおみえになることになった。
新しい仏壇が入り、畳の部屋の様子が一変。
今までほとんど使ったことのない和室が急にメインルームになった。

住職が来るといろんな話をする。
電話でもよく話す。
まったりとお茶を飲みながら。
これからどうしていこうか。
私の病院通いのこと。
息子たちのこと。
将来の話。
大須や栄の現在。
美味しいお店や和っさまの好きな食べもの。
旧知の仲のように、本当に沢山の話をする。
夫の好きだった本。
昔から近所に立っている大木の話。
お盆のお寺の境内。
街並みの移り変わり。
時には身の上相談のように、和っさまも話を聞いてくれる。
かなりの酒豪で、法事をやるとものすごく酒を呑む。
そんな豪快な住職との時間。

そして、あるときふと気付いたのだ。
そうか。
夫は和っさまを知らない。
彼のためにお経を唱えてもらっているのに。
こんなに日々、深いお付き合いをさせていただいているこの住職に、夫本人は会ったことがないのだということを。
だって彼がいなくなったあとからのお付き合い。
夫がいなくなったからこそのご縁。
それはなんだか不思議で可笑しくなってくる。
本当に、人の繋がりやご縁って面白い。

これから永く、永くお寺と付き合っていこう。
それがやっぱり、ここから始まる穏やかな時間になるのだから。

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ヒューマンドラマ

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