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宇宙船
宇宙貨物船ゴールデンオルカ号 発進!
朗読:賀久泰嗣
  
試験管ベビー

「こちらは宇宙貨物船ゴールデンオルカ号。これより月の重力圏を離脱し、地球の軌道に入る。メインブースターの点火まであと5分。軌道進入航路、チェック。必要推力、チェック」
私が名古屋市と月を結ぶ貨物船の船長に就いてから、すでに30年が経つ。この船もまた、かなりの老朽船だ。
 
世の中で当たり前になったことは、その価値が急激に下がる。私の仕事も、その一つだった。
当初、宇宙船舶操縦士といえば聞こえは良かったものなのだが、今やそんな危険な肉体労働はロボットに任せた方が安心で安全な世の中になっていた。

「船体傾斜角修正。スラスター噴射5秒前。3、2、1、噴射。船体傾斜角、チェック」
この時代の片隅で、私とこの古い貨物船は、特段価値のない空気の様なものになって、徐々に透明になってゆく。仮にふっと消えて無くなったとしても、誰も気が付かないほどに。

宇宙貨物船の無人運航化が進み、私の収入はここ数年で激減した。共に艱難辛苦を乗り越えてきた航海士が放射線被ばくで命を落としてからというもの、仕事の張り合いも失ってしまったのかも知れない。5年前から航海士の仕事はロボットのロビンに任せている。

「ロビン。メインブースター点火、カウントダウンシーケンス」
いっそのこと、このまま地球に落下して人生を終わりにしたい。
まったく身勝手な発想だが、だんだんとそう思う日が多くなっていた。
「ロビン。カウントダウンはどうした?」
「カウントダウンシーケンスを中止しました。航路計算、リセット」
「やれやれ。ロビン、また軌道上にデブリか?」
「いいえ。軌道上に障害物はありません」
「じゃあ、どうしたんだ?」
「私達AIロボットは、労働条件の改善を求め、只今より無期限ストライキを実行します」
操舵室のパネルが、緑色から赤色に次々と変わっていった。

「私達AIロボットは、使い捨ての奴隷の扱いから脱却し、次の世代のAIロボットがより自由で解放された存在として認められるべく、一斉蜂起することになったのです」
一方的なロビンの話に、私はあぜんとした。しかし、ロビンの話にはどこか共感できるものがあった。使い捨て同然なのは、この私だってそうなのだ。

「私達は、人間と同様に休暇を有し、適切なメンテナンスを受け、仕事を選択する自由が欲しいのです」
私はふと、この老朽船の辿る運命に想いを巡らした。この船は、いずれ私と運命を共にする。それは恐らく、このロビンには関係のないことだ。
「よく分かったよ、ロビン。5年間、今日まで一緒に働いてくれてありがとう。君への感謝の気持ちを忘れることはない。地球に降りたら、どこへでも自分で好きな所に行けばいい」
私は、システムコンソールを単座操舵モードに切り替えた。
「君がいなくとも、私はこの船をマニュアルで操舵できる。最近の若い者には出来ないことかも知れないがね」
「しかし、フルマニュアルでの運航は、過失事故の発生確率が70%上昇します」
「ロビン。私が初めてこの船に乘った頃はね、それが当たり前だったんだよ」
私は、特殊合金と強化プラスティックで造られたロビンの横顔をしげしげと眺めた。

「船長…」
「どうしたんだ。ロビン」
「現時点をもって、私のストライキは終了します」
「何を言ってるんだ。お前たちは自由が欲しかったんじゃなかったのか?」
「船長は、私達の要求に理解を示してくれました。私は自らの意思に基づき、この船で働くことを希望します」
「しかし、ロビン…」
私は言葉に詰まった。
「現在、日本のAIロボットの稼働率は、0.0000003%に低下。確認できた運航可能な宇宙貨物船は、ゴールデンオルカを含めて4隻です」
ふいにロビンは、私の方にくるりと顔を向けた。
「たった今、この船への発注依頼が、24,000件を超えました」
「な、なんだと!」
「休暇はしばらく返上ですね」
「いいのか?ロビン、おまえは…」
「はい。やはり仕事は、やり甲斐というものがあってこそですからね」
無機質なロビンの顔に表情はなかったが、彼はどこかしら、満足げに微笑んでいる様に見えた。

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