Marry You
「30歳までに相手が居なかったら、君と結婚してあげよう。」
危うく、焼き鳥を気管に入れてしまうところだった。彼女はそんなボクにお構いなく、「檸檬サワー1つ!」と店員に頼んだ。
「はあ。冗談言うのはやめてくれよ。おれは彼女いるんだぞ。」
「だから、今じゃなくて、先の話をしてるんでしょ。」
どうやら冗談ではないらしい。ボクは彼女の檸檬サワーがなくなるのを待つことにした。
ぬるくなったコークハイをちびちび飲みながら、ボクは、こうなったからには今後彼女と2人で会うことはできないな。なんてぼんやりと考えていた。
店を出ると見慣れた通りのはずが、今日はネオンの明かりに惑わされて仕方ない。ボクは理性を抑えながら彼女を改札に送り届けた。
「康太、忘れちゃだめだよ~!」
幼なじみではなく、綺麗な女性がボクに手を振っていた。ボクも控えめに手を振り返す。なんだか大変なことになったな。
とにかく酒を抜いて頭の整理をしよう。ボクは混乱していた。自販機の150円で頬を冷やす。
まず。東京の彼女に伝えるべきだろうか。
伝えたとして、「ああ、そうなの。大変ね。」なんて素っ気ない返しがきたら、ボクが参ってしまうだろう。そもそも焼き餅を焼かせるために今日の話を伝えるのは相手のためにならない。
だが。待った。もし明日地球が滅びたとして、このままではボクの花嫁候補はあやふやのままじゃあないか。
もやもや考えていたはずなのに、気づくと、ボクは通話ボタンを押していた。
「もしもし。康太君?」
「もしもし。祥子さん?えっと、いきなり電話して大丈夫だった?」
「大丈夫。お疲れ様。帰省楽しんでる?」祥子さんは仕事のない日にもお疲れ様と言う。何でも無いようなねぎらい方に心地良さを感じる。
「まあ楽しんでるよ。地元のやつと飲みにいけたし。祥子さんはお仕事お疲れ様。」
「ありがとう。」ボクは祥子さんの声に、気持ちが緩んでいくのを感じた。
それからは,新幹線の座席を間違えたこと、居酒屋のお通しが美味しかったこと、実家のネコがボクを忘れていたことなど、とりとめの無い話に祥子さんは付き合ってくれた。
「おれさ、酔った勢いやで信じてもらえないかもしれないけど。なんなら冗談だと思って聞き流してよ。」「うん。」
「祥子さんが良かったらやけど、おれと結婚してほしいな~。なんて。」
祥子さんは黙っていた。
体から一気に酒が抜けたと思う。
少しして、沈黙を破ったのは祥子さんだった。
「お酒の力を借りるのは良くないよね。」「...ごめん。」
ごもっともである。うなだれるボクに祥子さんはほほえんだ気がした。
「あ、でも。康太君。Marry Youって歌知ってる?」
「?」ボクは洋楽を聴かない。
「うーんとね。お酒に酔って勢いでプロポーズする歌。チャラいからって結婚式には流されていないことが多いみたいだけど。私は結構好きで。だから、うん、いいよ。そのプロポーズ受けましょう。」
思わず小さくガッツポーズをした。
ボクの初めてのプロポーズは、よく分からない洋楽によってギリギリ成功した。
そのため、コンビニで9%のチューハイを買い、一人Marry Youと余韻に浸った。
ベンチに腰掛けながら、日本語訳を見る。ボクはこんな「テキーラのショットを飲んで教会に行こうぜ!」なんてチャラい男ではないぞ。
ただ、祥子さんに言わせればこの男もボクも、おんなじなのだろう。
~Who cares baby, I think I wanna marry you♪
このフレーズには共感してやってもいいかな。とにかく、なんでもいいから結婚してくれ!みたいな必死さがボクに似ていると思う。
顔をあげると大きな月。今日は素敵な夜だ。ボクは終電に間に合うようにゆらゆらと歩き始めた。