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神社の鳥居
洲崎神社のお猫様
朗読:尾藤涼和
  
劇団劇座

キンと冷えた朝の空気は、まるで研ぎ澄まされたナイフのように鋭く、私のむき出しの肌を容赦なく突き刺した。
 自宅マンションから徒歩五分の距離だから多少寒くても大丈夫なんて思っていたが、十二月の朝の冷え込みを甘くみていた。
 指先がかじかんできた。空は暗く、まだまだ日の出の時間は遠い。
 寒さに体を震わせながら、洲崎神社の鳥居をくぐる。
 早起きなんて大嫌いな私が、朝早くに来たこともない神社に来ているのかというと……偶然聞いてしまったのだ、クラスメイトの里香の話を。
 同じクラスというだけで会話も交わしたことのない里香に、彼氏ができたことは風の噂で知っていた。
「まじでご利益あるよ。洲崎神社のおかげだよ、告白が成功したのは。絶対ダメだと思ってたもん」
 自分の机でぼんやりとしていた時に、そんな話が耳に飛び込んできた。もう、耳は一瞬でダンボ。さりげなくスマホを取り出し、「すさきじんじゃ 名古屋」と検索する。
 お? 洲崎神社って超近所じゃん。
 名駅南三丁目の交差点を東に向かい、堀川を越えてすぐに洲崎神社は建っていた。ネットの記事によると昔は「広井天王」と呼ばれており、創建は平安時代前期の貞観年間という由緒正しき神社。おお、めっちゃご利益ありそうじゃん。
 恋する乙女のひとりとしては、そんな話を聞いてしまっては行くしかないのだった。
 鳥居をくぐり、境内の奥へと足を進める。
 まだ暗いこともあるが神社の中は大きな木が何本もあり、鬱そうとしている。十分も東に歩けば、伏見や大須の街が広がっている場所に建っているとは思えないほど、境内は荘厳さと静寂に満ちている。
 肝試しにも似た気分で、本殿に向かってさらに足を進めた。途中にいろんなお社があるのだが、今は手を合わせている余裕はない。
 本殿に到着する前に、目的の場所が目に飛び込んできた。
 本殿の少し手前右側にある小さな鳥居。それが石神神社の縁結びの鳥居なのである。
 この石神神社にある小さな鳥居が、縁を結びたい人を思い浮かべながらくぐり抜けると、願いが成就して思い人と結ばれるという超恋愛パワースポットなのだ!
 鳥居を目の前にして、もはや私の頭の中はサッカー部キャプテンの宮部君と過ごすクリスマスイヴの妄想で頭がいっぱいだ。初デートで入るお店はコメダあたりが妥当なのかな。そのあとは栄を散歩して……ううう、寒い。
 妄想で溶けそうになった脳みそを、寒さが現実に引き戻してくれた。
 改めて鳥居を見る。かなり小さい。犬小屋の入り口ぐらいしかない大きさだ。一瞬怯んでしまったが、ここまで来て後に引けるか。宮部君との輝ける未来のためにも、私はこの鳥居をくぐらなければいけないのだ。
「よっしゃ」
 気合いを入れて、鳥居に頭から突っ込んだ。
 腹ばいになって必死に進む。気分は匍匐前進をする自衛官だ。こんな姿、同級生には絶対に見られたくない。ましてや宮部君になど見られたら死ぬ。恥ずかしさで、確実に。
 腰まで鳥居を通過したとき、ふと誰かの視線を感じて顔をあげた。
 その瞬間、金色の大きな瞳と目が合った。
 石神神社の賽銭箱の上、猫が座ってこちらを見ていた。毛足の長い、真っ白な猫だった。
 前足を揃えて座る姿は、まるで神様のように見えた。
 猫はじっと見つめていた。それはまるで私が無事鳥居をくぐり抜けるのを見守ってくれているみたいだった。
 目を閉じて、宮部君を思い浮かべる。
 会話も交わしたことはないけれど、サッカーボールを追いかける、爽やかな笑顔が脳裏に思い浮かぶ。その瞬間、
「うりゃー!」
 魂の叫び声とともに、一気に鳥居をくぐり抜けた。そのままの勢いで立ち上がると、先ほどまでいたお猫様はいなくなっていた。
 私の願いは神さまに届いたのだろうか……。
 なんて、センチメンタルな気分に浸る余裕はなく、凍える体を抱きしめながら、一目散に家に帰った。
 マンションに戻ったらすぐにお風呂に入る。
 湯船につかり目を閉じれば、そこにはあの猫の姿が瞼の裏に浮かんだ。
 がんばれよ。
 そう、お猫様は言ってくれたような気がした。

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青春

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