NAGOYA Voicy Novels Cabinet

蓮とカエル

蓮の花

 またとばっちりだ。いや、半分は自分の意思だけれど、人を放っておけないのは性分で自分でもコントロールできないことだから、やっぱりとばっちりだ。
 ガムが合唱コンクールの練習を抜け出した。そう、授業中にガムを噛んでいて反省文書かされていたアイツ。「四六時中噛んでなきゃいられないほど好きなんですねえ、ガムが」っていう教師の嫌味に「どっちかっていうとアメの方が好きなんですけどねえ」と平然と返したっていうなかなかなやつだ。
 学校は集団生活だ。和を乱す者は排除される。最大多数の最大幸福だっけ?それがたぶん社会の基本だ。みんな何かを我慢している。我慢しているから、出る杭は嫌われる。
 うちの小学校の高学年にはクラス対抗の合唱コンクールがある。競争ってなると歌とかピアノが自慢なやつはもちろん、音痴も普通のやつもなんとなく盛り上がる。盛り上がらなくても大体は合わせておく。だのに、ガムは1人で「やーめた」と宣言して教室を出て行ってしまった。もっと穏便にできるだろうと思うのだけれど。
 うちのクラスのボスが「あんなん大したやつじゃねえよ」と言い出したのを筆頭に、30人位の”仲間たち”は対ガムで意思結託してみんなしてガムのことを口汚く罵っている。
「ちょっと様子を見てくるよ」なんて言い出したのは、性分のせい。あいつにも事情があるんじゃないかってついつい考えてしまったのだ。これで自分も出る杭かっていう不安が、直後からじわじわと決定的に湧き出した。それでさっさと教室を出た。胸がドキドキしている。
 どこまで行くつもりだろうと思っていたら学校を出て駅に向かうからビビった。あわてて母さんが「緊急用」に持たせてくれて、バレないようにランドセルの奥に隠していた財布を取り出す。とりあえず、名古屋までの切符を買ってみる。
 ガムが降りたのは名駅の2個手前だった。駅前の公園に入っていく。後を追うと、池の前でピタリと止まった。
「ストーカー?」と聞いてくる。生意気な顔にカチンときた。
「言い分があるなら聞くけど」ぐっとこらえて言ってみる。やった、落ち着いた声が出せた。
 ガムはじっと黙っている。視線の先を追うと池の中に花が咲いていた。
「蓮って物語で読むんじゃ奥ゆかしい花なのにさ、実際咲いている様子は結構開けっぴろげなのな」唐突にガムがしゃべり出した。これ、ハスって言うのか。
「あんた、変わってるね」ガムの目はいつの間にかこちらに向けられていた。「わざわざこんなところまで追っかけて来てさ」
 確かに、なんでこんなところまで来たんだろう。
「きっと大人とかはさ、『あの子にも事情があるんだ』って言うんだろうね」ガムの言葉にギクリとした。「そして事情を話せば同情して優しくしてくれるんだ」と続ける。「そういうのって偽善だと思う」
 ガムは時々難しい言葉を使う。「カッコつけだよ」なんて陰で言われているけれど、本当にカッコつけなのか、単にガムにとってはそれが普通なのか、自分には分からない。
「結局、何がその人にとって分かりやすいかってことかもしれないね」
口をついて思っていたことが出ていた。「想像力を働かせろなんて言うけどさ、やっぱ想像できる範囲内でしか想像できないじゃん」
「・・・・・あんたって地味で目立たないやつって思ってたけど、なんかちゃんと考えてんだね」
「あんたは見た目通りずけずけ言うやつだね」
 雨が降ってきた。ランドセルから折りたたみ傘を出す。ガムは動かない。途方に暮れていると、ガムが笑い出した。
「傘を差し出すか迷っているんでしょ」
「雨に濡れると臭うよ。風邪引くし」
「雨好きだもん」
 雑なやつだ。自分も段々と色々とどうでもよくなってきた。黙って傘に入れてやる。ガムはくすくす笑っている。
「戻るよ。合唱コンなんてつまんないけど、あんたにはなんか興味が湧いてきた」なんて言って、カエルのうたを歌う。
 ガムのことは相変わらず何も分からないまま、けれどちょっぴりだけガムのことが分かった気がした。歌にハモるか一瞬迷ってやめにして、しばらくして帰った。それから、雨が好きになった。

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