モーニングのトーストとゆで卵を食べ終わりコーヒーをすする。俺の他に客が居なくなるとマスターが声をかけてきた。
「四丁目の高橋さんとこの娘さん、結婚するらしいぜ」
「嫁に行くのか?」
「ああ、相手は中村区の人間だ」
この喫茶店の常連客はお喋りが好きだ。そのおかげでマスターの耳には色々な情報が入ってくる。俺はマスターのことを情報屋と呼んでいる。
次のターゲットが決まった。決行日は今度の大安の日だ。
勝負服に身を固めマスクも付けた。四丁目に行くと既に人が何人か集まっていた。やがて定刻が近づき、人がどんどん増えていった。
「本日はお集まりいただきありがとうございます」
初老の男性が挨拶をし、紋付き袴の新郎と花嫁衣装に包まれた新婦が披露された。
新郎新婦が家を出たあと、二階のベランダに数人の人影が現れた。手にはお菓子の袋を持っている。
「お待たせいたしました」
スタートの合図でベランダから菓子がまかれた。
「こっちこっちー!」
集まった人々が自分の方へ投げてもらうようにアピールをする。
投げられた菓子の軌道を予測し、人混みをぬって移動をし、確実にキャッチする。
それがこの俺、【菓子まきハンター】だ。
俺にかかれば他の人間は素人同然。難なく菓子をハントできる。
菓子の軌道上にそっと手を伸ばしワンハンドキャッチ……かと思われたが突如現れた女性にかすめ取られてしまった。
「あら、ごめんなさーい」
動きやすいランニングタイツに空気抵抗を減らすためボディにフィットしたウェア。
またこの女だ。いつも俺の邪魔をする。俺が秘密裏に掴んだ情報でも、いつもこの女が現れる。
ベランダの人が空の段ボールを振っている。もはや菓子は尽きたのであろう。今日も大量だ。でも、あの女がいなければもっとゲットできたであろうに。
最後の菓子まきからどれくらい経ったのであろう。SNSの情報をさぐっても菓子まきの情報は出てこなくなった。やったとしても結婚式の披露宴で身内に対してまくくらいだ。
菓子まき文化が廃れたところへ、新型コロナの影響で人が集まるのを避けるようになり、菓子まきは見かけなくなった。
一人喫茶店でランチを食べ、食後のコーヒーを飲んでいるとあの女が現れた。
「しけたツラしてるわね」
「そりゃお互い様だろ」
「相席いい?」
「好きにしな」
「ねぇ、あんたこの先どうするの? もう菓子まきハンター業もやってられないでしょ」
「そうだな……。もう引退だ」
「ねぇ、どうして菓子まきハンターになろうと思ったの?」
「……いいだろう。教えてやるよ。俺が小学生の頃、近所に仲良くしてくれた女の人がいたんだ。その人がお嫁に行くことになってな。寂しかったよ。でも菓子まきでお菓子を手に取った時に幸せを分けてもらった気がしたんだ。まわりのみんなも楽しそうにしていた。俺が菓子まきハンターをやっているのはお菓子を手に入れることよりもみんなが楽しそうにしているのを見に行くためだったのさ」
「ふーん」
「お前はどうなんだ? どうして菓子まきハンターをやっている?」
「ねぇ、あんたの菓子まきの記憶の中に小学生の女の子はいなかった?」
「いたかも知れないが忘れちまったな。たくさん人がいたし。それよりも、さっきの質問の答えは?」
「私の近所に親切にしてくれたお姉ちゃんがいたの。その人がお嫁に行くときに菓子まきをして、その時にいい笑顔の男の子がいたの。私はその男の子の笑顔がもっと見たくて菓子まきハンターをしているの」
「残念だったな。たぶんもうその男の子は菓子まきハンターを引退してるぜ。もう菓子まきはないんだ。伝統は途切れちまったのさ」
「一つだけ方法があるわよ。話に乗ってみない?」
他人との間隔を保ち集まった近所の人達。マスクをして感染対策も万全だ。
みんなの前に姿を現した元菓子まきハンターの俺たち二人。
たくさんの段ボールに詰め込まれたたくさんの幸せが振りまかれ、集まった人々を笑顔へと導いた。
この中から次の菓子まきハンターが現れてくることを俺たちは願う。