NAGOYA Voicy Novels Cabinet

ディスプレイに映った答え

パソコンのあるデスク

 休校になったのは、年度末まであとひと月の2月末だった。中学の教師になってやっと仕事内容を一通り掴み、3年目は少しだけ余裕を持って取り組んでいけそうな気がしていた。感染症の拡大は気になってはいたが、休校になるとは考えもしなかった。
 生徒も教師も戸惑いの中、休校に突入した。通知表の渡し方、来年度の修学旅行や様々な行事、考えなければいけないことはたくさんあった。そして新年度のクラス分け。
 今年度と同様、来年度も2年生を受け持つことになった。今年度受け持ったクラスは穏やかな生徒が多くのんびりした空気が漂い、クラス対抗の行事では上位に食い込めないもののトラブルもなく平和な日々だった。来年度もそうであることを願っていたのだが、1つだけ懸念材料があった。不登校の生徒が居たのだ。
「不登校と言っても学校に不満があるとかいじめとかではないんだよ。親御さんも朝起きられないことが原因だと言っていてね。ま、若い時はいくらでも寝られるし、朝が苦手なのはわかるんだが、甘えてるんじゃないかなっていうのが学校と親御さんの見解だ。無理難題を言ってくるような親御さんではないから、手を焼くようなことはないと思うけど、問題があったら早めに相談して」
 学年主任からの説明はそれだけだった。
「それって起立性調節障害じゃないのかな」
弥生がコーヒーカップを包み込むように持ち、まっすぐ見つめながら言った。
弥生とは幼馴染で、時々お茶や食事を兼ねて近況報告をする仲だ。
「起立性調節障害、なに、それ」
「少し前に神経内科のドクターにインタビューしたの。その時、聞いたんだけど・・・」
弥生は医療機関を紹介するサイトを運営する会社に勤めており、ディレクターとして開業医の取材に訪れることが多い。その取材時にドクターが語った内容で、小中学生の起立性障害に関するものがあったという。自律神経の機能の低下により循環器系の調整がうまくいかなくなることが原因で起きられないことがあり、自分の意思ではコントロールできないのだそうだ。
「一般的に知られていることではないから、理解を得られなくて苦しんでいる子が多いみたい。検査すればわかるらしいんだけど、そもそも医者もあまり知らないらしくて・・・」
 起立性障害だと診断を受けて泣いて喜ぶ人もいるとのことだった。怠惰ではなく、体の機能の問題であると証明してくれた医師は神様のような存在なのだろう。
「不登校の子どもの3分の2がこの症状に苦しんでいるという説もあるっておっしゃってたよ」
 私が受け持つ生徒も苦しんでいる可能性が高いということか。
新型コロナウイルスの感染は留まることを知らず、新年度の始業式こそ登校が許されたが翌日からまた休校に入った。休校期間は2週間とのことだが、それで納まるのか教職員の誰もが疑暗鬼だった。
「リモート授業を試験的にやってみないか」
 提案したのは学年主任だった。私立の学校では休校期間中もリモートで双方向授業が行われているという情報はあった。公立でも自治体によって動き出しているところもあるようだ。
 全教職員の中から学年を問わず有志を募り、紆余曲折はあったものの、思っていたより順調にことは進み、リモート授業のテストの日がやってきた。授業内容は学年を超えたホームルームで、1年から3年までの生徒で休校中の過ごし方について話し合うというものだ。司会進行は私が担当することになった。
 リモート授業に参加するのはこの試みに賛同してくれた1年生から3年生まで合計40名弱。その中には私のクラスの不登校の生徒もいた。お願いしたわけではないが、ぜひ参加したいと連絡をくれたのだ。
 リモート授業開始の10分前、準備を終えた私は画面覗き込んだ。すでに何人かの生徒が参加している。その中に不登校の生徒もいた。誰よりも生き生きとした表情で授業の開始を待ち望んでいるように見えた。
 授業が終わったら、生徒の自宅に電話して起立性障害の話をしよう。リモート授業を提案してくれた学年主任に感謝だな。

モバイルバージョンを終了