NAGOYA Voicy Novels Cabinet

しろくろ

寝転んでいるパンダ

パンダって、なんかおっさんみたいだな。
なんでこんなに人気なんだろ。

 就活のストレスを晴らしに動物園に来た。
 いつもやたらと人気なことで有名なパンダ舎だけど、平日の閉園間際ということもあって人だかりのピークも過ぎているみたいだ。
 なんとなく立ち寄ってみたが、私にはこの動物がなぜ人気なのかいまいちわからなかった。でかくて、のそのそしていて、食うか寝るかしかしていないパンダは、なんか日曜日のお父さんみたいだ。といっても、私は「お父さん」という生き物をあまり覚えていない。私が幼稚園の頃に亡くなったからだ。だから、「日曜日には家でゴロゴロしている」という典型的なお父さんのイメージと目の前のパンダを照らし合わせるのは、正解なのかわからない。
というか、何でパンダ舎に来てしまったんだろう…。そもそも私はもっと機敏な動物の方が好きなのだ。ガゼルとか、カラカルとか…。

 はっ、これだ!と、私は自己分析ノートに「機敏な動物が好き」と書く。でもこんなの面接で聞かれないよなぁ。たまに変な質問で「あなたの好きな色は?」とか、「自分を花に例えると?」とか聞かれるらしいから、その中には「好きな動物は?」って聞いてくる企業もあるかもしれないけれど、それでも私が話せることはそれだけだ。

 この半年間、自分のことについてとか、自分はこれから何がしたいのかとか、一生懸命考えて掘り下げた。

 でも掘れば掘るほどよくわからない雑草の根っこが出てくるだけで、目的のものは見つからない。そもそも何を探しているのかもわからないのに、見つかるわけがない。
 やりたいけど、やりたくない気持ち。明るい性格だと思うけれど、ものすごく暗いことを考えたりもする。頑張れる時もあれば、めちゃくちゃサボる時もあるから、努力家とはいえない。でも、真面目ではあると思う。いや、働きたくないって思ってる人ってそもそも真面目じゃないのかも。それでも働きたいから、こうして就活してるんだけど…。

 『なんか、ぐるぐるぐるぐるしとるなあ。』
 「そう、ずっと自己分析のイタチごっこなの。…え?」

 今の、なに。キョロキョロと、辺りを見回す。

 『いや、こっちこっち。目の前。』

 目の前…には、パンダしかいない。そんな、まさか…。

 『そうそう、正解。パンダの声だよ。』
 「まじで、おかしくなったのかも…」

 ついに就活疲れで幻聴が…と、思わずその場に倒れそうになったけど何とか堪えた。だって明日も面接が入ってるし、今日は帰って履歴書を書かなくちゃいけない。そうだ、疲れてるだけだ。帰ろう。ゆっくりとパンダに背を向ける。

 『待って待って、帰らんといて。せめてこれだけ聞いて。』

 思わず足を止めてしまった。だって、パンダが喋ってる。嘘でもこんなことって滅多にない。面接でエピソードとして話せるかも…。いや、こんなこと話してどうする!変な人だと思われるだけだ。でも私ってそもそもよく言われるんだよなぁ、「変な人」だって。普通とは違うって。でも私は普通に生きてるし、特別な人間だとも思わない。じゃあ私って一体…

 『パンダはシロクロついてない。』
 「…え?」
 『だから、かわいいんだよ。パンダも、みんなも。』

 シロクロ…?ああ、パンダの色。パンダは白で、黒だ。モノクロの身体をゴロゴロ転がしているパンダの姿に、周りの人々は歓声を上げている。

 白か黒か。それがはっきりしないと自分が何者なのかわからないと思っていた。でも、どっちもあるんだ。白も黒も。
…いやいや、だからこそこんなにも悩まされるわけで、困り果てているわけで…

 「ちょっと!結局私はどうすれば…」
 『よし子。』
 「え。」
 『がんばれよ。』

 最後に私の名前を呼んだあと、パンダの声は聞こえなくなった。

 明日のことも、これから何をしたいのかもわからないままだけど、ひとつ、はっきりと思い出したことがある。『よし子って名前はお父さんが考えたんだ』って昔、教えられたこと。

 白い履歴書に黒いインクで「森 よし子」と書く。ちょっとだけへたくそな自分の字を、なんだか少しだけ誇らしく思えた。

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